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Wikipedia

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

(し)とは、生命活動が不可逆的に止まる事、あるいは止まった状態を指す。即ち、死ぬ事や死んでいる状態、滅ぶ事や滅んだ状態、存在しない状態である。対義語は生(せい、いのち)又は誕生。

転じて、組織の滅亡や、そのものがもつ本来の機能が失われる事を例えて「死」と表現する事も多い。例:「星の死」「ローマ帝国の死」「相撲の死に体」「野球のアウト」。

目次

  • 1 定義
    • 1.1 単細胞生物等の死
    • 1.2 多細胞生物の死
    • 1.3 人間の死
  • 2 死の過程
    • 2.1 細胞死
    • 2.2 死後の変化
  • 3 死亡の判定
    • 3.1 脳死
    • 3.2 早すぎた埋葬
    • 3.3 救急現場での死の判定
  • 4 死の受容
    • 4.1 死の事実性の認識
    • 4.2 死をどのように受け止めるか
  • 5 死の表現
  • 6 宗教における死、死後の観念
  • 7 死のイメージ
  • 8 文学・芸術における死
    • 8.1 内部から
    • 8.2 外部から
  • 9 死についての名言
  • 10 法律における死
  • 11 様々な死
  • 12 関連項目
  • 13 参考文献

定義

(し)とは、生命活動が不可逆的に止まる事。不可逆的と言う意味を理解するには人間の例で考えると分かりやすい。人間の髪の毛や爪は心臓・肺・脳が全て停止していても、数日間は伸び続ける。この間は毛根細胞は生きているが、心肺脳が全て停止しているため、やがては毛根の活動も停止してゆく事は免れない。この様な個体の状態を不可逆的と言う。逆に事故などで心肺停止状態に陥っても心肺蘇生によって息を吹き返した時には、この間の心肺停止は可逆的なので死とは言わない。


単細胞生物等の死

単細胞生物等は分裂する事で幾らでも増加し、他の生物に食べられる、あるいは事故等がない限り幾らでも生命活動を続けられる。この場合は寿命(老化)による死という概念が曖昧な場合がある。例えば、現存する全ての生物は生命誕生以来分裂によって進化してきたので、その生命活動は今までに一度も途絶えておらず、従って一度も死んだ事がないという考え方がそうである。 しかし実際にはクローニングにも限界が存在するようで、ゾウリムシによる実験では自家生殖や接合を行わせないよう注意深く飼育したところ、350回程度の細胞分裂の後に死を迎えたという。単細胞生物にも寿命は存在するようである。

多細胞生物の死

多細胞生物では細胞・組織・個体の死は区別される。

人間の死

生物、特に人間(ヒト)が死ぬ事や死んでいる状態を死亡死去死歿などという。特に、「死亡」の場合は、「生存」の対義語で、自然災害や事故による「落命」の意味を伴う事がある。

法医学では、人間の死は、心臓・肺・脳全ての不可逆的な機能停止によって規定される。以前はいずれか1つのみの機能停止であっても速やかに他2者の機能停止に至るため、死亡は心停止を基準とする心臓死と同じ意味だった。

しかし、現在では人工心肺をはじめとした救命技術の進歩によって、心肺停止状態でも恒常的に脳を生かして意識を保って置ける、あるいはそれを回復する可能性を残す様になったため、心肺停止と心臓死は同じ意味では説明が難しくなり、心肺停止による心肺脳全ての停止を心臓死と呼ぶようになった。一方脳機能のみが廃絶しても心肺機能を保って置ける様になり、この状態を脳死と言うようになった。脳死を人の死と認めるべきか議論は決着しておらず、死の定義はより困難になってきている。

人間が死に至る原因は、外傷・疾患・老衰・自殺などである。


死の過程

細胞死

通常の細胞機能は、不可欠な細胞代謝のために必要なエネルギーと、酵素と構造タンパク質の生産、細胞の化学的および浸透的恒常性の維持、などを含む。 通常の機能にしている細胞は、酸素、リン酸塩、カルシウム、水素、炭素、窒素、硫黄、栄養的な基質、ATP、などを摂取する必要があり、また無傷の細胞膜と酸素を消費する不変の活動も必要とする。 これらの要素のうちどれがさえぎられても、細胞死は起こりえる。

死後の変化

死後、体芯温度は減少する(死体冷)。体温の低下速度は、死亡時の体温や死体の大きさ、環境や着衣など、いくつかの要因によって変化する。

哺乳類では、死体が腐敗するより前に死後硬直が始まる。死体硬直の発現までの時間とその持続期間は、死亡時の筋肉の体温と、気温に影響を受ける。死体硬直は通常、死の2-4時間後に始まり、筋肉はこの過程で、筋原線維内にあるATPと乳酸アシドーシスの有効性が減少するため、徐々にこわばっていく。死後9-12時間経過すると、死体硬直はおわる。また気温が十分に高ければ、死体硬直は起こらない。

もう一つの死後の反応に死斑がある。死後、溶解酵素が漿膜から放出され、フィブリノゲンの溶解性分解を引き起こす。血はこの過程で死後30-60分以内に永久に非凝固性になる。重力による血の貯留は皮膚色の特徴のある変化をもたらす。死斑は死体の体重を支えている位置にある皮膚から出来始める。死斑は死後2時間以内に発現し、8-12時間で最大になる。死斑の色は死因と環境で異なる。死斑の広がりは、死体の表面にかかる圧力によって異なる。

死体の分解は以下の段階の経て推移する。

  1. 自己分解(Autolysis):死体の「自己消化」は体内の酵素の働きによって進む。構造の完全性を失った細胞膜からは溶解酵素が放出され、高分子と残った細胞膜を変性させる。自己分解は、最も代謝が活発な細胞である分泌細胞と大食細胞から始まる。
  2. 腐敗(Putrefaction):嫌気性細菌による残された細胞の消化。自己分解の最終段階では、好気性の環境が死体内で確立される。これは、嫌気性菌の成長に有利に働く。これら嫌気性菌の大部分は内生の腸内細菌であるが、一部は外因性の土壌細菌である。これらのバクテリアは死体内の炭水化物、蛋白質、脂質を分解し、酸とガスを生成して、死体の変色、臭気、膨張、液化を引き起こす。腐敗の進行速度は湿気や気温の影響を受ける。
  3. 腐朽(Decay):好気性バクテリアと真菌による残された細胞の消化。腐敗の最終段階では液状の腐敗物が流出し、軟部組織は縮小する。残った組織は比較的乾燥した状態にある。腐朽の特徴は好気性微生物による蛋白質のゆっくりとした分解であり、これにより硬組織だけが残った死体は白骨化する。
  4. 分解(Diagenisis):硬組織である骨と歯の分解。バクテリア、藻、菌類などの微生物は、生理的経路をたどるか、骨質を透過することによって、骨に侵入する。骨質の透過は、酸性代謝物質と酵素の代謝物質の排出によって達成される。特徴ある非生理的経路を生成することから、「穿孔経路」と呼ばれる。微生物の進入によって有機骨基質は化学分解される。その結果生じた代謝物質は、周囲にある無機物基質を破壊する。また、結晶質のリン酸カルシウムからなる無機物基質の分解は、環境中の化学要因に影響を受ける。酸性の環境は、部分的な骨の鉱物質消失に至る、リン酸カルシウムの溶解をもたらし、また部分的に本来よりもかなり大きく、より水溶性のある分子に再結晶化する。これら微生物と環境の働きによって、微小構造が分解される。

死亡の判定

脳死

死の正確な瞬間を判定する試みは、歴史的に問題を含んできた。 死はかつて鼓動と呼吸の停止と定義された。しかし心肺蘇生術と迅速な細動除去の発達によって、以前の定義は不十分なものとなった。この以前の定義は現在「臨床死」と呼ばれている。臨床死が起こった後でも、場合によっては鼓動と呼吸を再開することがある。かつては死の原因となった出来事も、医療技術の発達によって直接は死に結びつかなくなった。心肺機能に代わる生命維持装置やペースメーカー、さらには臓器移植によっても死を避けることが出来る。

今日では死の瞬間の定義が求められたとき、医者は通常「脳死」または「生物学的死」という概念を用いる。脳の電気的活性の停止が意識の終わりを示すと考えられるため、脳の電気的活性が止んだとき、人間は死んだことになる。しかし、意識の停止は睡眠中や昏睡中にも起こりえるため、停止は一時的なものではなく、永続的で回復不能なものでなくてはならない。意識の停止がたんなる睡眠であった場合、脳波計で簡単に確認できる。臓器を移植するさい、死後早急に臓器を摘出し、移植手術を行わなければならないため、正確な脳死判定が重要となる。

しかし、人間の意識に必要なのは脳の新皮質だけである、と主張している人々は、新皮質の電気的活性だけを基準に死の判定をすべきである、と論じている。 結局のところ、大脳皮質の死によってもたらされる認識機能の永続的で回復不能な消失が、死を判定する基準となるのかもしれない。 大脳皮質が失われれば、人の思考と人格を回復する望みはないからである。 しかし現時点では、より保守的な、大脳全体の電気的活性の停止をもって人の死とする論が大勢を占めている。 2005年の植物状態におちいったテリー・スキアボの尊厳死を巡る事例は、アメリカの政治を脳死と人為的な生命維持の問題に直面させた。 一般的に、そのように死の判定を巡って争われた事例での、脳の死因は無酸素状態によって起こる。 およそ大脳皮質はおよそ7分間の酸欠で死に至る。

酸欠によって大脳皮質の機能が失われた場合でも、死の判定は難しい。 脳の電気的活性が脳波計が感知するにはあまりに低かった場合、何も存在しなくても、脳波計は偽の電気衝撃を感知することがあるためである。 このため、病院では、脳波計を使って死を判定をするときは、病院内で広く空間を隔てるなどの、精巧な実施要綱がある。

早すぎた埋葬

医者に死亡を宣告された後、生き返った人々の逸話が多くある(→ポー『早すぎる埋葬』:青空文庫)。

そのような逸話では、あるものは防腐処理を始めた時に、あるものは死の数日後に棺の中で意識を回復するなどして動き回ったりする。ビクトリア時代の著しい科学の進歩のため、イギリスの一部の人々は、このような早すぎた埋葬を、強迫観念的に恐れるようになった。同時代以前には、ペストなどの伝染病流行時に、感染を恐れて検死が等閑だったりするケースもしばしばあったとされ、これが死者復活(→吸血鬼やゾンビ・グールなど)の伝承となったと考える者もいる。

これらは、その当時の検死技術が完全ではなく、ショック状態における体温の急激な低下や、呼吸量の著しい減少、あるいは血圧低下による脈の微弱な状態を死亡と誤って判定したケースや、一時的な心肺停止後に偶発的に心臓の鼓動が正常に戻るなどして「生き返った」とみなされたのだろう。このため近代的な検死では、最初のチェックから一定時間後に生命の兆候がないかを再チェックするようになっている。

検死技術の発達以前における土葬では、このように生きているにもかかわらず埋葬され、生き埋めとなる可能性は誰にでもあり、またそれらの可能性は大変な恐怖を伴った。そのため発明家たちは被埋葬者の状態を棺外に伝える方法を発明した。地表にはベルと旗があり、それが棺内にひもでつながっていた。棺の蓋には金槌や滑車装置で壊せるガラスの仕切りがあった。多くの人はこの滑車装置が棺にかけられた土のため機能し得ないことや、割れたガラスと土が被埋葬者の顔を覆うことに気付かなかった。

救急現場での死の判定

救急現場での第一対応者は、患者の死を宣言する権限を持たない。 いくつかの救急医療隊員の訓練マニュアルでは、"明らかな死の兆候がない限り、患者は死者とみなされることはない"、とはっきりと記している。明らかな死の兆候とは、断頭、死体硬直、死斑、腐敗、燃焼、その他の明らかに生存状態とは矛盾する身体への損害などをいう。 DNR指示がなく、生存の可能性がある場合、救急隊員は救助を開始し、病院で医者の診察を受けるまでそれをやめてはならない。病院到着時の診察で死亡が確認されることを、DOA(Dead on arrival = 病院到着時すでに死亡)という。


死の受容

死の事実性の認識

人間が他の生物と異なる一つの特徴は、人間、とりわけ自分自身がやがて死ぬという事を「知っている」事である。言い換えると、未来を考える事が出来る動物は人間だけであるといえる。哲学者樫山欽四郎は、人間の本質的な特性として「死を自覚する存在」である事を挙げ、「死を知ることがなければ、人間はこれほど楽なことはない」という趣旨の言葉を述べている。

自己が死ぬ事を知っているが故に、人間の哲学的営みは始まるのであり、古来より伝わる諺には、「哲学は死の練習である」というものがある。しかし、死を知るという事は哲学への契機でもあるが、又、宗教への契機でもあり、更に、一般に人は、自己の死をどのように受け止めるか受け入れるか、一生をかけて問いかけ続けているとも言える。

突然に事故などで襲ってくる死の場合は、死について考える余裕さえない。しかし、飛行機事故などで、突然に、あと半時間後、一時間後には死ななければならないと自覚された場合など、人は様々な想いに耽り、短時間のあいだに死を受容せねばならない必要に迫られる。

死をどのように受け止めるか

このような事は、戦場などの特殊な場合を除き、一般市民の日常生活においては稀にしか起こらない。しかし、回復の見込みのない病にかかり、あと、三ヶ月、あるいは一ヶ月の余命と自覚するケースは特殊なものではない。このようなケースでは、人は、自分が「死なねばならない・間もなく決まった期間の経過後、死ぬ」という事実に向き合い、死の定めをどう受け入れるか、様々な試みを行う。

死を自覚した人が、どのように自己の死の事実と向き合い、どのようにその事実を拒否したり受け入れたりするのか、多数の「死に行く人」と、言葉を交わし、心理治療に従事してきた、キューブラー=ロスは、多くの人が辿る、「死の受容への過程」を次のような段階にモデル的に示している(参考文献1)。

  1. 第一段階:「否認と孤立」
    • 病などの理由で、自分の余命があと半年であるとか三ヶ月であるなどと知り、それが事実であると分かっていて、しかし、敢えて、死の運命の事実と拒否し否定する段階。それは冗談でしょうとか、何かの間違いだという風に反論し、死の事実を否定するが、否定しきれない事実である事が分かっているが故に、事実を拒否し否定し、事実を肯定している周囲から距離を置く事になる。
  2. 第二段階:「怒り」
    • 拒否し否定しようとして、否定しきれない事実、宿命だと自覚出来た時、「何故私が死なねばならないのか」という「死の根拠」を問いかける。この時、当然、そのような形而上学的な根拠は見つからない。それ故、誰々のような社会の役に立たない人が死ぬのは納得来る、しかし、何故自分が死なねばならないのか、その問いの答えの不在に対し、怒りを感じ表明する。
  3. 第三段階:「取り引き」
    • しかし、死の事実性・既定性は拒否も出来ないし、根拠を尋ねて答えがない事に対し怒っても、結局、「死に行く定め」は変化させる事が出来ない。死の宿命はどうしようもない、と認識するが、なお何かの救いがないかと模索する。この時、自分は強欲であったから、財産を慈善事業に寄付するので、死を解除してほしいとか、長年会っていない娘がいる、彼女に会えたなら死ねるなど、条件を付けて死を回避の可能性を探ったり、死の受容を考え、取引を試みる。
  4. 第四段階:「抑鬱」
    • 条件を提示してそれが満たされても、なお死の定めが消えない事が分かると、どのようにしても自分はやがて死ぬのであるという事実が感情的にも理解され、閉塞感が訪れる。何の希望もなく、何をする事も出来ない、何を試みても死の事実性は消えない。このようにして深い憂鬱と抑鬱状態に落ち込む。
  5. 第五段階:「受容」
    • 抑鬱のなかで、死の事実を反芻している時、死は「無」であり「暗黒の虚無」だという今までの考えは、もしかして違っているのかもしれないという考えに出会う事がある。あるいはそのような明確な考えでなくとも、死を恐怖し、拒否し、回避しようと必死であったが、しかし、死は何か別の事かも知れないという心境が訪れる。人によって表現は異なるが、死んで行く事は自然な事なのだという認識に達する時、心に或る平安が訪れ「死の受容」へと人は至る。

これはキューブラ=ロスが多数の「死に行く人」の事例から観察した範型で、人は必ずしも、以上のような段階を経て、死の受容に至る訳ではない。色々な自己の死との向かい合いがある事を、ロス自身も認めている。 又、ラ・ロシュフコーは「箴言集」の中で「死を理解する者は稀だ。多くは覚悟でなく愚鈍と慣れでこれに耐える。人は死なざるを得ないから死ぬわけだ。」と述べており、これもまた一つの死の受容の形であるといえる。 いずれにせよ、人が死を受け入れて尊厳を持って死に臨めるようにするためには、周囲の理解と協力が必要不可欠である。又、自分の親しい人間に死が訪れた時、人は大抵涙するが、国や宗教によっては「死は新たなる境地への旅立ち」という様な思想もあるので、稀に笑って送り出す事もある。

死の表現

古来、「死」という語をそのまま発するのは凶運な事・タブーと多くの文化で考えられてきた。このため日本では、他界臨終逝去昇天永眠物故逝く亡くなる世を去る鬼籍に入るあの世に行く冥土へ旅立つ不帰の客となるなど、さまざまな婉曲表現が用いられてきた。仏教では往生成仏といったり、高僧の死を入滅入寂遷化などといい、キリスト教では信者の死を帰天召天などともいう。他にも親族の死を不幸、貴人の死を身罷る (みまかる)お隠れになる、皇族や三位以上の公家の死を薨去 (こうきょ)、天皇や皇帝の死を崩御登霞 (とうか)などとも表現してきた。

さらに高齢まで生きて死ぬことを天寿を全うする大往生するなどといい、逆に幼くして死ぬことを夭折する、若くして死ぬことを早世するといい、無念の死を果てる、旅先での死を行き倒れるともいった。悪人の死でさえくたばるなどといったのである。

なお、日本では死を「旅立ち」と表現することがあるが、これは転生を否定しない仏教文化が存在する日本では通じる表現であっても、違う文化圏では違った意味合いを持つので注意が必要である。特にキリスト教は、一般に転生を否定し、人格の同一性の永遠な持続を信じ、現在の肉体的生の一時中断後の延長として「復活」と「永遠の命」があると考える。

宗教における死、死後の観念

仏教の教えでは、死は人間の四つの苦しみ(生・老・病・死)の一つであるとされている。

宗教や民族学的には、死は現世での肉体の滅びではあるが、必ずしも生命や魂(霊魂)の消滅を意味しないと考える事も多い。そこでは死後の世界である来世(黄泉の国・彼岸・冥界・冥土・冥途・冥府・極楽・天国・地獄・奈落)での活動や再生(転生・輪廻)が信じられている。仏教では悟りを得た死者は成仏し(仏になる)輪廻から解き放たれると考えられている。中には、死者の全てが成仏すると考える宗派もある。古代エジプトのミイラもこのような死後の観念によって生み出された。 又、死は死神や悪魔によってもたらされると信じる場合もある。

死のイメージ

タロットカードにおける死のカードは、死そのもののほか、破滅、損失、失敗、災難、危険、愛の終わりなどを象徴する。

色では、死はで表現される事が多い。喪服は一般に黒であり、訃報は俗に黒枠(black letter)とも呼ばれる。一般に、死神の像は、鎌を持った髑髏が、黒いマントを着た姿で表現される。

又、日本など漢字文化圏の国では数字の四の読みが「死」を連想させる事から、ホテル、旅館、モーテル、国民宿舎などの宿泊施設の客室番号などで「4」が避けられる事がある。(階番号は除く(例:401号室))更に、日本では、数字の 42(四十二)の「し・に」の読みが「死に」に聞こえるとして凶運とされ、客室番号やナンバープレートでは「42」が避けられる事が多い。キリスト教圏では13が避けられる。これはキリストが十字架に掛けられ処刑されたきっかけとなったユダ(13番目の弟子)に由来すると解される。

マルセイユ版タロットカードでの死は「13番」と呼ばれ、明確な名前はない。それは「死」は口に出して呼んではならないもののためである。

しかし死は同時に「新たな旅立ち」や「再生」を意味する事もある。この中には大地への帰還(地より生まれて地に帰る)の思想のほか、再生に絡み胎内回帰的なイメージを持つ場合もある。沖縄の亀甲墓は女性の子宮を意味しており、胎内回帰と再生を祈ったシンボルであるという。

この他、永遠の安らぎや安息と称する場合もある。これは死という現象を「肉体を休める」睡眠になぞらえて安らかな死を祈る思想で、不可避である親しい者との別れを、より健全で穏やかなイメージに置き換えた形とも言えよう。

これらは様々な宗教にも関連して、多様な「死の文化」を形成している。このような死の文化では、メメント・モリや死の舞踏のような流行性のムーブメントすら発生しており、死という現象を慣れ親しむもの、あるいは常に思い描くもの、更にはユーモラスに扱う事で恐れないで済むものといったような扱いも見られる。

今日の日本を含む先進国では、医療技術の発達にも伴い死は日常より切除され、病気や怪我による死は病院で扱われ、老衰による死は老人ホームで扱われるなど、より曖昧模糊としたイメージしか持たない傾向が見られる。しかしかつての死は常に日常と隣り合わせであった時代には、より密接で現実的なイメージを持っていた。ネイティブアメリカンの文化などでは「今日は死ぬのに良い日だ」という言い回しもあるようだが、これは先に挙げたメメント・モリのイメージに似ている。普遍的な現象であったがために、平行進化的に同じ結論に達したのであろう。

その一方で現代社会では、死は記号化され曖昧なイメージしか持たないため、「終わり」や「開放」、更には死のイメージにカタルシスを求める者すら見られる。一種の逃避行動ともみなされる場合もあるが、死のカタルシス性に対しては、日本で1990年代末頃より社会問題としても取り沙汰された自殺系サイトなどで、自身の死のイメージにカタルシス性を求める者の動向も見出される。

文学・芸術における死

文学的死の観念は、内部におけるそれと、外部から訪れるそれに分けて考える事が出来る。

内部から

文学作品の多くは、死とその風景をモチーフとし、あるいは利用してきた。モチーフとしては、「源氏物語」や、「罪と罰」、「ハムレット」の様にストーリーの発端に死を置くもの、「若きウェルテルの悩み」や、「オイディプス王」のように、死の強烈なイメージを中心的に提示するもの、又、推理小説のように、意味と無意味の境界として死をテーマ化するものがある。評論家、小説家の笠井潔が、最後のものについて行なった、「推理小説は第一次世界大戦が生んだ無意味な死体の山から生まれた」なる定式はよく知られている。

さらに、死の風景は時代と場所によってその描かれ方に類型が見られる点も注目に値する。ギリシャ叙事詩において最も頻繁に現われるのは、戦士達の誇り高き死であろう。近代フランス文学では、例えば、「ゴリオ爺さん」や「ボヴァリー夫人」に見られるベッドの上の死の情景と、陰で遺産の計算をする看病人逹の冷やかな様子が頻繁に描かれた。

文学的な人物の死とは何か、考える上で出発点となるのは、文学理論家のミハイル・バフチンの、「美の条件は空間的な境界と時間的な終りを持つことであり、死は文学作品の人物を美的形象とする契機となる」という考え方であろう。すなわち、文学にとって人間の死は飽くまで終りであり、死を越えて続く持続はすでに宗教の領域であるといえる。この意味で、フエンテスの「アウラ」や川上弘美の「惜夜記」などは文学の境界例である。古井由吉は「仮往生伝試文」をはじめとする作品群の中で、死と自己とのかかわり合いを特異な文体で描き出している。死が、対立事項でもなく、恐怖の対象でもなく、ともかくも生が続く限り常にからめとられざるを得ないものとして、描かれている。

外部から

作品が人の目に触れぬようになったり、作者の意図した事柄が、部分的にすら受け取られなかった場合、その作品は意味を無くし、死ぬ。ギリシャ、ローマにおいて人間は死すべきものと呼ばれ、神々、則ち不死なるものの永遠性との対立によって、時間的に限られたものとイメージされ、芸術家や詩人とはこの限界を乗り越え、人間と神々を媒介するものと考えられた。現在でも芸術作品が不死性の様相のもとに捉えられる事が多いのは、このためである。

この芸術作品のイメージを決定的に転倒させたのは、ニーチェによる「神の死」という宣言であった。神なき時代の文学といえば、我々にとっては日本の私小説作家達の自殺や心中のモチーフが最も身近であるが、西洋では20世紀の前半に、死すべき存在としての人間を肯定的に捉えようとしたハイデッガーやユンガー、ブランショの存在を忘れる事が出来ない。又、ヴァルター・ベンヤミンはすでに死んでしまった芸術作品の「救済」が歴史家の使命であると考えた。

さらに、情報化や技術の進展によって、芸術の概念にとっては大きなターニングポイントとなった前世紀後半には、「小説の死」、「文学の死」という若干エゴイスティックな言葉がクンデラや大江健三郎から聞かれた事も、記しておくに値するだろう。

死についての名言

  • 「死とは、モーツァルト(の音楽)を聴けなくなることだ。」(アルフレート・アインシュタイン(アルベルト・アインシュタインの従弟で音楽学者・モーツァルト研究家))
  • 「武士道というは、死ぬことと見付けたり」(葉隠)
  • 「死に至る病とは、絶望のことである」(キエルケゴール)
  • 「人は死ぬ。だが死は敗北ではない。」(ヘミングウェイ)
  • 「未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん」(論語)

法律における死

人間の死が法律上どのような影響を与えるかについては、「人の終期」を参照のこと。

様々な死

大きく分けると事故死、自殺(自死・自決)、他殺、病死、老衰死の5つ。

  • 安楽死
  • 縊死
  • 餓死
  • 過労死
  • 刑死
  • 死産
  • 自然死
  • 傷害致死
  • ショック死
  • 心中
  • 戦死
  • 尊厳死
  • 転落死
  • 突然死(急死)
  • 腹上死(性交死)
  • 悶死
  • 轢死
  • 憤死
  • 獄死
  • 頓死
  • 窮死
  • 牢死
  • 焼死
  • 水死(溺死)
  • 滑落死
  • 窒息死
  • 敗死
  • 諌死
  • 殉死
  • 殉職
  • 殉教
  • 怪死
  • 変死
  • 圧死
  • 老死
  • 磔刑死
  • 夭死
  • 夭折
  • 若死
  • 凍死
  • 熱死
  • 忠死
  • 誅殺
  • 客死
  • 切腹
  • 惨死
  • 愧死
  • 慙死
  • 毒死
  • 往生
  • 狂死
  • 情死
  • 拷問死
  • 斬首
  • 出血死
  • 失血死
  • 横死
  • 孤独死
  • 即死
  • 脳死
  • 墜死
  • 徒死
  • 爆死
  • 獄門
  • 刎死
  • 徒労死
  • 惨死
  • 渇死
  • 恍惚死
  • 野垂れ死
  • 斃死
  • 薬殺
  • 扼殺
  • 撲殺
  • 戮死
  • 淫死
  • 脱血死
  • 凌遅死
  • 敗血死
  • 恋死
  • 相対死
  • 癌死
  • 討死
  • 喀血死
  • 酔生夢死

関連項目

Wikimedia Commons
ウィキメディア・コモンズに、に関連するカテゴリがあります。
Wikiquote
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Wiktionary
ウィクショナリーにに関する記事があります。
  • 死体 - 検死 - 死斑
  • 死亡届 - 葬儀 - 墓 - 棺
  • 遺書 - 遺言
  • レクイエム
  • 死生観
  • 涅槃
  • ダイ・イン
  • 食物連鎖
  • 殺害
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    • 殺人 - 殺人罪
    • 死刑 - 死罪
  • 戦争
    • 粛清 - ホロコースト
    • 死の灰
  • 火葬場
  • 火葬

参考文献

  • エリザベス・キューブラー・ロス、『死ぬ瞬間 - 死とその過程について』、中央公論新社、2001年1月25日、ISBN 4-12-203766-2

"http://ja.wikipedia.org../../../%E6%AD%BB/_/_/%E6%AD%BB.html" より作成

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