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民俗学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

民俗学(みんぞく-がく)は学問領域の一。民族学・文化人類学の隣接領域であり、人間の営みの中で伝承されてきた現象の歴史的変遷を明らかにし、それを通じて現在の生活文化を総体的に説明する学問。日本の民俗学はヨーロッパ特にイギリスケンブリッジ学派のつよい影響をうけて、柳田國男や折口信夫によって近代科学として完成された。通常はfolkloreの訳語とされるが、folkloreは伝承それ自体を指すため、英語圏では民俗学をFolklore-StudiesやFolkloristicsと呼ぶこともある。

時代や学者によってその定義は多岐にわたり、概説的に説明することはむずかしいが、大まかにいえば以下のような特徴を持つ学問である。

  1. 研究の目的は、ある民族の伝統的な文化、信仰、風俗、慣習、思考の様式を解明することにある。また、どちらかといえば、こうした対象の変遷そのものよりも、時代をさかのぼりながらその原形態を明らかにしようとする傾向を持つ。
  2. 研究の対象が、自民族である場合や、他民族の事例を自民族の研究の補助材料として使う場合が多い。
  3. 研究の手法として、文献資料のほか、現代社会に残存する文化・風習・思考の様式を重視する。このためフィールド・ワークによる材料収集を行う。
  4. また未開であると考えられる他民族の文化・風習・思考の様式を、人間のプリミティブな精神活動のあらわれであると考え、これを研究上の材料または補助材料とすることも多い(この点について、現在ではポスト・コロニアルな考えからから批判が行われることがある)。「未開」と「古代」(始原)の同一視は民俗学の特色のひとつである。
  5. 現代人が無意識のうちに行っていること、あるいは合理的な説明をつけながら行っていることのなかに、古代的な意味を見出す、という型の研究が多い。
  6. 文学研究・批評に大きな影響を与えており、この点で民族学・文化人類学とはことなった特色がある。
  7. 特に日本の民俗学研究にあっては、その初期に大きな影響を与えた柳田國男、折口信夫の二人が強烈な個性の持主であり、西欧渡来の学問の手法を消化して日本独自のフォークロアを完成させたため、「柳田学」「折口学」といった名で呼ばれることもある。


目次

  • 1 概要
  • 2 歴史
    • 2.1 ヨーロッパの民俗学
      • 2.1.1 イギリス、フランス民俗学
      • 2.1.2 ドイツ民俗学
    • 2.2 日本民俗学
  • 3 研究法
  • 4 研究対象
  • 5 民俗学の変化
  • 6 代表的な民俗学者
  • 7 関連項目
  • 8 外部リンク

概要

誕生から、育児、結婚、死に至るまで人間の生活にはさまざまな儀式が伴っている。こうした人生の節目の儀式とは別に、普段の衣食や、地方の祭礼などの中にもさまざまな習俗、習慣、しきたりがある。これらの風習の中にはその由来が忘れられたまま、あるいは時代とともに変化して元の原型がわからないままに行なわれているものもある。民俗学はこうした習俗の綿密な検証を通して伝統的な思考様式を解明する学問である。

歴史

日本で民俗学といった場合一般には日本民俗学を指すが、海外を見ると19世紀の欧米を中心として、多くの国で民俗学に相当する学問が誕生している。誕生の経緯は国ごとの政治的社会的状況や民族学(文化人類学)等との関係によって多様である上に、他の社会科学のように国際的な交流が盛んではなく各国独自の進展をしてきたこともあって、一概に民俗学の歴史を語ることはできない。

ヨーロッパの民俗学

ヨーロッパで民俗学的な関心が高まった背景には、近代化と都市化、あるいは資本主義化による急激な社会変化を前に、消えゆく伝統文化へのロマン主義的な憧憬や民族意識の高まりが存在する。

イギリス、フランス民俗学

イギリスでは1846年、トムズ(William John Thoms)が古代文化のなごりや民謡をfolkloreと名付けて民俗学研究の草分けとなったが、学問の組織化としては、1878年にG.L.ゴム(George Laurence Gomme)らがロンドンに“Folklore Society"(民俗学協会)を設立した時期を端緒とする。進化主義民族学が波及力を持っていた19世紀末のイギリスでは、民俗学も庶民の習俗に見るキリスト教以前の残存(Survival)を対象にするとともに、自民族のみならず海外植民地を関心に入れるなど、民族学との近接性が顕著にみとめられる。それは1885年に民俗学の協会が設立されたフランスも同様であり、20世紀初頭にかけてサンティーヴ(Pierre Saintyves)、エルツ(Robert Hertz)、レヴィ=ブリュル(Lucien Levi-Bruhl)、ファン・ヘネップ(Arnold van Gennep)といった学者が、近代的な民俗学研究を進めた。彼らのアプローチに異同はあるにせよ、民間伝承の起源を遡及し原始的な民族心理の究明を重視する点では概ね共通している。またエルツやレヴィ=ブリュルはモース(Marcel Mauss)やデュルケーム(Emile Durkheim)などと近く、ファン・ヘネップも後にターナー(Victor Turner)へ影響を及ぼすなど、民族学や社会学と不可分の位置にあったこともフランスの民俗学研究の特徴だった。

ドイツ民俗学

一方ヨーロッパにおいて最も盛んに研究が行われてきたドイツでは、民俗学はフォルクスクンデ(Volkskunde)と呼ばれ、フォルク(ドイツ民族/ドイツ国民)に共通する精神の発見というナショナリズム的な色彩が濃い学問であった。もともとドイツ語圏では哲学者のヘルダー(Johann Gottfried Herder)や童話作家として有名なグリム兄弟らが、ドイツロマン主義やゲルマニスティック、神話学に基づく民謡や説話の民俗学的研究を行っていたが、1850年代にフォルクスクンデの名で科学的な学問体系を整えたのはリール(Wilhelm Heinrich Riehl)である。工業の発展に伴う農村の疲弊を前にし、リールは社会政策的な意図も込め、伝統習俗の研究を通してドイツの統一的な民族精神を見出す点に民俗学の目的を定めた。1891年にはベルリンに民俗学協会が設立され、さらに20世紀前半には、初めて大学での民俗学ポストに就いたラウファー(Otto Lauffer)、『ドイツ民俗地図』を編集したスイスのホフマン=クライヤー(Eduard Hoffman-Kryer)、民族心理学のシュパーマー(Adolf Spamer)、上層文化/基層文化の二元理論を提出したナウマン(Hans Naumann)など、多くの理論家が生まれた。

しかし現行の習俗を古代との連続性(Kontinuität)があるものと捉え、農村生活や農民に原初のドイツ民族精神を見出す民俗学は、本質的に民族主義的な政治イデオロギーに取り込まれやすい性格を有しており、1933年以降の国家社会主義時代には国民統治および人種主義の国策学問へと取り込まれていった。多くの学者はナチズムに同調するような研究をせざるを得なかったが、少なからぬ学者がナチス党員として積極的に政治へ関わり、プロパガンダ作成や民俗行事の創出に関わった。そのため戦後の西ドイツ民俗学界は、完全に学問としての信頼を失ったフォルクスクンデの政治性を自己批判することを原動力に、再出発を図ることになる。ミュンヘン大学ではモーザー(Hans Moser)が中心となり、民族主義との親和性の高い過去遡及型の方法を放棄し、より実証的な歴史民俗学への道を模索した。またモーザーやチュービンゲン大学のバウジンガー(Hermann Bausinger)はフォークロリスムス(Folklorismus)の概念を提案することで、観光化された祭り・イベントや新たに創出される習俗を民俗学の対象に取り込み、変化しにくい伝統習俗のみに固執する旧い民俗学からの脱却を行った。バウジンガーは1971年、同大学の研究所からフォルクスクンデの名称を廃し、代わりにInstitut fur Empirische Kulturwissenschaft(経験主義的文化研究所)の名を冠した。このように1970年代以降のドイツ民俗学では、戦前の清算を象徴するようにフォルクスクンデの名が消えつつあり、同時にその方法も歴史主義から文化人類学や社会学など、社会科学寄りへと大きく変容しつつある。


日本民俗学

日本での民俗学は近世における国学や本草学にも源流が見られるが、本格的な研究が開始されたのは19世紀末である。一つの嚆矢となるのは坪井正五郎が東京人類学会を立ち上げた1886年であり、民族学・民俗学・自然人類学・考古学等を包含する「人類学」の研究として、「土俗」の調査が行われるようになった。一方、新渡戸稲造らと村落研究の勉強会を行っていた農商務省官僚の柳田國男は、1909年、宮崎県椎葉村で聞き書きした狩猟の話を「後狩詞記」(のちのかりのことばのき)として自費出版し、柳田民俗学の第一歩を踏み出す。1913年からは雑誌『郷土研究』を創刊するとともに、当時イギリス留学から帰国した南方熊楠にゴム編『The handbook of folklore(民俗学便覧)』を借り受け、それまで余技の道楽ととらえていた民俗学を学問として体系化する道筋をつけたのである。

ヨーロッパのフォークロアやエスノロジーが、残存の概念によって古代との連続性を持った基層文化を明らかにしようとするのに対して、柳田は人々の生活向上を初期のモチベーションに、民俗学の目的は常民生活の歴史的変遷と同時代の生活文化との関係を考察することにあると考えていた。柳田が民俗学を構築しようとした意図は重層的であり、一つには庶民の生活史を看過する既存の文献史学へのアンチテーゼとして、二つには進化主義的な民族学や「土俗学」との棲み分けとして、三つには地方改良運動に代表される当時の国内文化政策への対抗言説として等、時代状況を反映したさまざまな企図がもくろまれていたとされる。

1935年には柳田を中心に民間伝承の会が設立され、機関誌の発刊や民俗学講習会が行われた。またこの時代に柳田は概説書を精力的に執筆しており、学説史の中では学問としての組織や方法が整った1930年代半ばを民俗学の完成時期と見なすのが一般的である。1949年、民間伝承の会は日本民俗学会と改称され、この頃から大学にも民俗学の講座が設置されるようになった。それまでの民俗学は柳田邸で行われる木曜会や雑誌上において柳田が学徒を直接指導し、その成果が子弟を通じて全国に広まっていくという意味で、アカデミズムの枠外で展開した一種の運動体だったが、戦後の学制の中では東京教育大学や國學院大學などにおいて専門教育が開始されることにより、現在にまで至る教育・研究の制度的枠組みが誕生した。

研究法

民俗学の調査手法としては、庶民の生活を総体的に把握するという目的を果たすため、農山漁村を中心とした集落に滞在し、聞き取り(聞き書き)調査や紙資料を含む文字資料(金石文、棟札など)の収集、建築物や民具など物質文化の記録、あるいは生業、共同労働、年中行事、人生儀礼などの場への参与観察、そして民俗誌の記述が主体となる。フィールドワークの蓄積からエスノグラフィーを描くことを重視するという意味では文化人類学の手法に近似するが、マリノフスキー以降の近代人類学が研究者個人による数ヶ月~数年の長期滞在調査を基本とするのに対し、民俗学では数日~数ヶ月スパンの中短期調査を繰り返し行うことが多く、また複数研究者による共同調査が実施されることも多い。

初期の民俗学では日本各地から集められた民俗資料を類型化・比較し、日本全体の枠組みの中で民俗事象の歴史的変遷を明らかにするという「重出立証法」が採られた。ジョージ・ゴム(George L. Gomme)の著作を元に柳田国男が提唱したこの方法論は長く民俗学の基礎理論だったが、一方では山口麻太郎や和歌森太郎などからは民俗の地域性を過小評価する方法論だとする批判意見も出された。学説史の中で最も影響力のある批判は福田アジオによるもので、民俗を日本全体での比較ではなく、それが伝承される村落や信仰組織等と切り離さずに分析すべきという「個別分析法」を提唱した。構造機能主義人類学の影響が色濃い福田の方法は、村落社会において民俗を捉え、それが生活の中で相互に連関しながら全体として有している意味を明らかにしようとする。民族全体のスケールの大きい歴史を追ってきたそれ以前の民俗学に比べ、福田の方法論は小規模集落(ムラ)の歴史それ自体をより実証的に描こうとする点に特色があり、同世代の宮田登が提唱する地域民俗学とともにポスト柳田民俗学の方法論として影響力を有した。

もともと民俗学は文化人類学や社会学、宗教学、歴史学など多くの分野と密接に関連しており、ライフヒストリー研究やパフォーマンス理論、社会史、身体論等、研究対象によってはそれらの分野に通じる方法論が用いられることも多々ある。いずれにせよ民俗学の研究方法は分析的(Analytical)というよりは記述的(Descriptive)であり、対象へのインテンシブな調査を元に厚い記述を目指す、いわゆる質的研究の一つに位置づけられる。

研究対象

  • 生活(衣、食、民家、民具)
  • 風習(家族制度、社会制度、通過儀礼、社会集団、生業と産業、四季の行事、まつり、遊技・競技・娯楽)
  • 説話・歌曲・俗諺(伝説とお伽話、俗曲・俗謡、諺・謎、諺詩・俚諺)
  • 信仰(神道、仏教、霊魂と来世、妖怪変化、予兆と卜占、魔術、病気と民間療法)

民俗学の変化

都市化によって民俗学が主たるフィールドとしてきた閉鎖性の高い農村は実質的に消滅し、一見伝統的な生活様式を保っているように見える地域にも、過疎化や観光開発、産業構造の変化等、古いタイプの民俗調査ではカバーしきれない状況が生まれつつある。また民俗学の黎明期には日本の人口の多くを占めてきた農村人口も、現在では都市人口に圧倒され、都市住民および都市の生活様式が一般性を持つに到った。こうした対象の変化に対して、現代の民俗学はさまざまな新分野を開拓しつつある。

「民俗の消滅」が盛んに議論された1970年代~80年代にかけては、都市民俗学のブームやアメリカ民俗学の影響を受けた都市伝説研究の隆盛が見られた。また1990年代以降は観光人類学の影響を受けた地域開発・観光化の研究、文化財制度の研究等、現代社会のシステムと地域の関係を問う動きが増加する。更に同時期には国民国家論批判の文脈から柳田国男の民俗学観の批判的検証が盛んに行われ、柳田民俗学が中心的に扱ってこなかった漂泊民などのいわゆる「非常民」、性(セクシャリティー)を主題とする研究に焦点が当てられることも増加した。

代表的な民俗学者

  • 赤坂憲雄
  • 赤松啓介
  • 荒木邦夫
  • 伊波普猷
  • 大間知篤三
  • 大藤時彦
  • 小野重朗
  • 折口信夫
  • 小松和彦
  • 五来重
  • 今和次郎
  • 桜井徳太郎
  • 桜田勝徳
  • 澁澤敬三
  • 菅江真澄
  • 関敬吾
  • 瀬川清子
  • 高群逸枝
  • 武田豊四郎
  • 谷川健一
  • 千葉徳爾
  • 中桐確太郎
  • 中山太郎
  • 西村真次
  • 野本寛一
  • 早川孝太郎
  • 福田アジオ
  • 南方熊楠
  • 宮田登
  • 宮本常一
  • 宮本馨太郎
  • 柳田國男
  • 和歌森太郎
  • 大塚英志
  • 大月隆寛

関連項目

主な学派・理論

  • 歴史民俗学
  • 都市民俗学
  • 宗教民俗学
  • 環境民俗学
  • 比較民俗学
  • 地域民俗学
  • 仏教民俗学
  • 女性民俗学
  • 応用民俗学
  • 民具学
  • 民俗芸能研究

諸学問

  • 歴史学
  • 文化人類学
  • 社会学
  • 宗教学
  • 言語学
  • 方言学
  • 博物館学

諸用語

  • 常民
  • 怪談
  • 野生の思考
  • 構造主義
  • ハレとケ
  • 都市伝説
  • 手締め

外部リンク

  • 日本民俗学会ホームページ
  • 民俗学リンク
  • 民俗学専門古書わらべ
  • 国立歴史民俗博物館
"http://ja.wikipedia.org../../../%E6%B0%91/%E4%BF%97/%E5%AD%A6/%E6%B0%91%E4%BF%97%E5%AD%A6.html" より作成

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